中学生のころのことを、ふと思い出しました



昨日、ふと中学2年生の時のことを思い出しました。

ある日の午後、教室にはクラスで一番おとなしい女子と学級委員長の私の2人しかいませんでした。始業のチャイムが鳴って担任の先生が来ましたが、他のみんなは誰も現れません。しばらくして、クラスメイトが授業をボイコットしたことに気付いて、職員室にいる先生方と探しに行きました。

私の通っていた中学校は小高い山の中腹にあり、周りは林や古墳に囲まれていました。どうやら、クラスメイトはその林の中に隠れていたらしいです。

その日、ボイコットしたクラスメイト達は先生に叱られ、同じバスケット部の女子は部活をやらせてもらえませんでしたが、私ともう一人の女子は全く知らなかったのでお咎めなしでした。

でも、私はお咎めなしだったことより、どうして私に言ってもらえなかったのか、そちらの方が悲しくなりました。

何日か考えて、クラスメイトが私に相談しなかった理由は、きっと私に言ったら止められちゃうと思ったからだろうなと思いました。小さい頃から真面目で正義感が強い私は、曲がったことが嫌いだったし、嘘がつけない性格だったのです。

中学2年生というのは、子供から大人に変わるホルモンバランスの不安定な時期ですよね。私も鉄欠乏性貧血で毎月病院通いをしたり、顔じゅうにニキビができて人前に出たくなくなったり、家庭内不和で精神的に不安定になって学校を休みがちになったりと色々あった時期でした。

担任の先生は若い男の先生で、なんとなくクラスはバラバラでした。

そういえば、クラスに不登校のYちゃんという女子がいたのですが、放課後に先生が訪問するときは、なぜか私も一緒に連れて行かれました。今になって思えば、先生も不登校の女子の対応はわからなかったのだと思いますが、そんなの中学生の私にもわからなかったな~。”(-“”-)”

Yちゃんの家の庭には大きな柿の木があって、オレンジ色の柿の実がたわわに実っていたっけな~。Yちゃんはお母さんがいなくて、お父さんと弟の3人暮らしだったけど、結局中学を卒業するまで学校へは来ませんでした。

やっぱり、小さい頃にお母さんがいないと、何となく物悲しい気分になっちゃうのかもしれませんね。

私には母はいたけれど、(たぶん精神が)病気でほとんど母親の役割は果たしてなくて、祖母が母親の代わりでした。母は、何をやっても人の3倍はかかるし、話が通じない上にすぐに忘れてしまうので、いつも怒られていて、とても可哀そうだなと思っていました。父ともよく酷い喧嘩をしていたので、私が高校1年のはじめに実家へ帰ってくれてすごくホッとしました。

そんな家庭環境で育ったので「早く家を出てお金を稼いで自立して、自分の家庭は幸せにしよう!」と思っていたのに、自分も30代半ばで病気になって子供たちに寂しい思いをさせてしまうとは・・・。人生ってなかなか上手くいかないものですね。ただ、夫も苦労人だったので、3人の子供たちは優しく素直な人間に育ってくれたので、それだけが救いです。

家庭内のことって、なかなか周りの人からは見えないものですよね。父も息子さえ交通事故で亡くさなかったら、あんなに豹変することはなかったんだろうと思うと、やっぱり家族としては責められないし、可哀そうな人だったんだなと思います。そんなことをこの間、妹と電話で話していました。

他にもまだまだ家族のエピソードはありますが、まあ、人生いろいろ。だから、面白いのかもしれませんね。

 

Follow me!