過去のたくさんの経験が今の仕事に繋がっています


30年前に看護師だったころ、がんセンターで働いていました。

ある日、先輩看護師が「どうして、いつも高橋(旧姓)ばっかり、患者さんからご指名がかかるの?」と、不思議そうに私に言いました。

その病棟では日勤の業務は、リーダー、チームリーダー、検温係、フリー(処置やケア係)と分かれていましたが、1年目はまだ経験が少ないので検温係とフリーが多かったのです。フリーはその日の朝に一日の自分の業務を全て書き出して、チームリーダーや検温係の指示の元に処置(オペ後のガーゼ交換、手術出しなど)やケア(入浴介助、清拭、洗髪、足浴、散歩介助など)の計画を立てて実施していきます。

先輩から言われるまでは気が付きませんでしたが、そういえば私がフリーの日はなんだかケアが多いなと感じていました。どうやら患者さんは、私がフリーの日を見計らって他の看護師さんにケアの計画を入れてもらっていたようです。

その病院の看護師さんはみんな優秀な人ばかりでしたが、ちょっと厳しい人が多かった気がします。そんな中で私はちょっと天然で話しかけやすく、いつも目の前の患者さんに喜んでほしくて一生懸命だったのかもしれませんね。

看護師をしていた6年間では、何十人もの患者さんに「あなたは看護師が天職だね。」と言われました。その言葉はとても嬉しくやりがいを感じていましたが、心の中ではニットデザイナーへの夢も諦めきれない自分がいました。だから、言われるたびになんだか自分の心に嘘をついているようで苦しくなりました。

その後、働きながら手編みの資格を取り、デザイン学校のニットデザイン科へ行き、手芸教室講師や、販売の仕事、ニッター、ニットデザイナー・ビーズデザイナーとして書籍でオリジナルデザインを発表、刺繍の制作、ネットショップ、イベント販売、ワークショップ、展示会、PTA講習会、書籍出版などいろいろなハンドメイドの仕事をしました。

最近、病院へ行く機会が何度かあり、そのたびに「あ~、私はやっぱり看護師も好きだったんだなぁ。」と思います。看護の勉強を高校・短大と5年間して、看護師として6年間働いてきたことはとても素晴らしい経験でした。尊敬できる恩師や一緒に学ぶ友達にも恵まれました。

本当は短大卒業後は大学へ編入してもっと勉強したかったし、海外青年協力隊にも看護師として行ってみたかったのです。子供を産んでからも看護師として働きたいと思って保育所や病院を探して面接に行き準備もしていました。でも、自分の父親との関係性や、夫の転勤や義両親の反対など色々な条件が重なってその願いは叶いませんでした。

女性は、親や夫(恋人)の反対、結婚、出産、子育て、介護、転勤、病気、DV、離婚など様々な理由で、自分の思いだけでは仕事を選べなかったり、続けられなかったりということがありますね。

そんな中、迷い苦しみながらも、今こうして自分の得意なことを生かして働く機会を与えていただいたことにすごく感謝しています。どうか私の仕事がたくさんのハンドメイド作家・講師・デザイナーや起業したい皆様のお役に立てますように・・・いつもそう願っています。

「Twilight merry go around」

「秘密の花園」

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